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エアフォース1(1982年)

80s

ナイキには”AIR” システムを搭載したスニーカーがいくつもあるが、このエアフォース1はおそらく最もよく知られたAIRシステム搭載のスニーカーである。 今でこそ、街中を見ていると普段履き用として男女問わずその足元にはエアフォース1がよく見られるが、このスニーカーは発売当時、”世界で初めてのエア搭載のバスケットボールシューズ” としてデビューした。


 モデル名はアメリカの大統領専用機 ”エアフォース”  からきている。 発売当時の広告を見てみると、秘密兵器として紹介されていて、発売当時の価格は”2万5000円”と現在よりも高かった。 当時としては高い価格と、戦闘機からとったモデル名だけでも業界関係者の話題を誘うことができるほどのインパクトがあった。

 よく勘違いされているが、エアシステムを搭載したスニーカーとして初のスニーカーということではなく、エアシステムを搭載したバスケットボールシューズとして初めてなのがこのエアフォースである。 ちなみにエアシステムを初めて搭載したスニーカーは ”テイルウィンド” である。

 エアフォースがデビューしたのは、エアシステムを初めて搭載したスニーカーのテイルウィンドがデビューしてから4年が経った”1982年”。

 アッパーにはフルグレインレザーを使用し、ベンチレイションホール(通気穴)とアイレット(靴紐を通す穴)が選べる ”V・W・レーシングシステム” を採用し、ハイカットの方にはナイロンストラップが付いていた。 性能面でエア搭載のスニーカーとノンエアのスニーカーと比べると衝撃吸収性で3割、弾力性で2割も上回る高性能で、当時のナイキが持っていたテクノロジーを惜しみなく詰め込んだ珠玉のモデルであった。発売当時にローカットモデルはなくハイカットのみで、ローカットは翌年、1983年にデビューすることとなる。

性能をアピールした当時の広告


カラーリングは当時のバスケットボールシューズということもあり、NBAの”ユニフォーム統一規定”に引っかからないようにホワイトがベースで、挿し色にブルーやレッドを入れたシンプルなスニーカーという感じだった。  

 今のエアフォース人気からだと想像できないが、発売から2年後の1984年には生産終了のうわさが囁かれるほどで、エアフォース存続の危機に立ち上がった、いくつかのスニーカーショップが直接ナイキと交渉したり、ナイキもエアフォースのためのプロモーションを大きく打ち出したりと、エアフォースを愛する人たちの努力があったことや、NCAA(全米大学男子バスケットボールトーナメント)のチームカラーを使ったものが発売されたり、スポーツだけでなく、ストリートシーンを大きく意識したスポーツクラシックの登場。そして、”NBA最強のパワーフォワード” や ”空飛ぶ冷蔵庫”の異名を持つチャールズ・バークレーの活躍もあり、一時期は生産終了危機に陥っていたエアフォースは次第に人気に火がついていった。


 その後も、キャンパスやヌバック、エナメルといった様々なバリエーションの充実さもありその人気は加速していき、元々はコート上でのバスケットボールシューズだったものが、ストリートシーンやファッションシーンにとって無くてはならない必要不可欠な存在へと変わっていった。



ナイキの始まり

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